日々彷徨
興味を引かれるものにふらふらと吸い寄せられながらウン十年。 過去と現在に出会った物を記録しようじゃないか。 海外ミステリの話が多くなると思うんだけど予断は許さない。
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失われし書庫(ジョン・ダニング)


オンライン書店ビーケーワン:失われし書庫


失われし書庫

ジョン・ダニング
宮脇孝雄(訳)
ハヤカワ文庫
THE BOOKMAN'S PROMISE
John Dunning (2004)

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探偵、業界物

元刑事にして現在は古書店の店主であるクリフ・ジェーンウエイが、稀覯本にまつわる事件に捲き込まれるシリーズの第3作。

刑事、探偵が出てくるミステリでも特定の業界、あるいは専門知識に的を絞ったいわゆる業界物とでもいうべきものは結構多い。どんな業界を選ぶかである程度作品の読者に対する訴求力が決まってくるので、ここが運命の分かれ道かもしれない。ディック・フランシスの競馬業界は有名。アーロン・エルキンズのスケルトン探偵は骨業界、パトリシア・コーンウェルのスカーペッタは死体解剖業界ってところか。この手の本は本筋のストーリもさることながら、業界の内幕、専門知識に対する適度な「へー」度が大きな魅力である。骨業界なんてのはあまりにマニアックで、ともすれば受け入れられ難い物になってしまうが、そのあたりはうまく相方を配するなど読みやすくする工夫をしている。解剖物といえば「きらきらひかる」というドラマがあったが、難しい業界をうまくさばいた佳作だと思う。

古書業界というなじみがあるようで奥の深い世界を舞台にしているこのシリーズ、裏表紙の説明文にはいみじくも「本好き垂涎の古書薀蓄ミステリ」とあるが、確かに少なからず興味のあるところをついている。本作は3作目ということもあって多少薀蓄攻撃は弱まっているが、それでも古書仕入れの指南をするあたりは非常に興味深い。ちなみに作者は実際に古書店の経営者であったから、まさに実体験ということであろう。

さて、長々と業界薀蓄系のことを書いたが、この作品にとっては道具立てに過ぎず、大胆な構成と魅力ある登場人物の生き様が重厚な味を出している。このシリーズでは稀覯本がある意味主人公であるが、今回は稀覯本そのものよりもその作者が大きな位置を占めている。ダニングは巧みな構成で死後100年以上たつ作者を蘇らせ、すべての登場人物を翻弄させていく。

クリフは「たまたま手に入った大金」で英国の探検家であるリチャード・バートンの稀覯本を3万ドルで入手する。高額での落札者としてちょっとした有名人になってしまったクリフのもとに一人の老婆が現れこう告げる。「その本は私の家の書庫から盗まれたものです。」

老婆の祖父はバートンと個人的親交があり、バートン本人から自筆のメッセージが書かれた本を何冊も送られていたという。しかも今もって謎に包まれているバートンのアメリカでの活動を明らかにするバートン自身による日誌も含まれているのだと。しかし、それらの書庫は祖父が死んだときにとある書店により二束三文で買い取られてしまったのだ。彼女は唯一手元に残ったバートンの本をクリフに見せる。そこにあるバートンからのメッセージはクリフの手に入れた本に記されているものと同じであった。

クリフにしてみれば法律的には何の落ち度も無いわけであるが、老婆の魂に共感した彼は数十年前の調査をすることを約束する。ひとときの安らぎを得た老婆は永久の休息につくが、新たなる殺人が起こり、クリフはバートンの幻影を求めて彼の足跡をたどる旅に出ることになる。現在の殺人、数十年前の詐取事件、そして百数十年前、バートンの空白の三ヶ月という3つの謎を解くために。

この作品で最も印象深いのはリチャード・バートンという稀代の冒険家である。物語の中盤で作者により再び生を与えられて蘇ったバートンは実に豪放磊落、魅力的な人物である。物語の冒頭でも出てくるが、リチャード・バートンといえば同姓同名の映画俳優の方が有名で、実際にどういう人であったかというのをすぐに言える人は稀であろう。「千夜一夜物語」、「カーマスートラ」を西洋に紹介した人物、とまとめられると俗っぽいおじさんを思い浮かべてしまうが、生前の彼に対する評価はその程度のものであり、あまり認められていなかったようだ。実際には世界中を旅して回り、そこの人々の暮らし、文化、宗教を深く調べる、今で言う民俗学者のフィールドワークとでもいえる活動をしていた冒険家であった。今回この文を書くに当たって少しインターネットで調べてみたが、実にユニークな人物であったらしい。この作品でのバートンは好人物であるが実際にはもっとあくが強いのかもしれない。

もちろんバートン以外の登場人物もみな印象深い人ばかりである。特に老婆をはじめとする高潔な魂を持った人々。そして詐取に関わったと思われる書店の主人やその用心棒など貧しい魂の人々。クリスはそのどちらに属する男なのか自らを決めかねているようなところがあるが、その彼だからこそ貧しい魂を持つ人の嘘で固めた人生にふと垣間見せる真実の姿を見出し、謎を解いていく。そして、、、

基本的にはシリーズの各作品は独立したストーリで、登場人物もクリフ以外は常連キャラもいないので、この作品から読んでも十分に楽しめる。もしもこの本を読んで気に入ったならシリーズ前作になる「死の蔵書」、「幻の特装本」を読んでクリフのこれまでの彷徨をたどるのもよいだろう。

もうひとつ、バートンがアメリカを旅していたのは南北戦争の前夜、まさに一発即発の南部である。こういった時代背景に対する知識、アメリカ人であれば当然持っている常識というものを持っていないのは、少々残念である。南北戦争といえばジェネラル・リーとゲティスバークくらいしか知らないのだが、物語で出てくる戦争の発端のエピソードなど、秀吉の墨俣一夜城の如く誰でも知っている話なのであろうか。

こうやっていろいろ知らなかった世界を見せてくれるのが海外小説のよいところである。今度バートンの評伝でも読んでみよう。いや、まあ、千夜一夜物語くらいから始めるかな。え、カーマスートラ、、、うーん。

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