日々彷徨
興味を引かれるものにふらふらと吸い寄せられながらウン十年。 過去と現在に出会った物を記録しようじゃないか。 海外ミステリの話が多くなると思うんだけど予断は許さない。
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本が好き!:クロワッサン特別編集 昔ながらの暮らしの知恵。


クロワッサン特別編集
昔ながらの暮らしの知恵。
  • 著:クロワッサン編集部
  • 出版社:マガジンハウス
  • 定価:980円
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クロワッサン特別編集
昔ながらの暮らしの知恵。

マガジンハウス(2007)

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雑誌の形態をしているが、ぱらぱらとめくるというよりはじっくりと読む本。タイトル通りの昔ながらの知恵がぎっしり詰まっている。もちろん、ノウハウ本的に日々の暮らしの参考にするのもよいが、エッセイとして、あるいはドキュメンタリーとして、腰を落ち着けて読むに値する。テレビで言えば「ゆるナビ」の世界(終わっちゃいましたが、、、)。

全編を通して感じられるのは、無駄を嫌う「もったいない」の思想と、ひと手間かける工夫。これらがあいまって、無駄を排しながらもケチではない、手間をかけながら自然も活きている、質素と便利、そして、おしゃれの調和の取れた世界だ。

しかし全てを盲目的に取り入れることは既に出来ない。これらの多くは身の回りに自然があふれ、生活のスピード、物の価値観が今とは違う良き時代の中ではぐくまれ、伝えられてきたものだ。今や私たちの生活から自然は遠ざかり、価値観も狂っている。暮らしの知恵は、人を取り巻く環境の中で生まれてくるものだ。その環境が変われば知恵も変わる。

だが後戻りは出来ない。車もパソコンもインターネットも捨て去ることが出来るか。いつか捨て去らざるを得ない日が来るのかもしれないが、なるべくその日を先に押しやり、今の暮らしを持続させる努力が必要である。そのために最も重要なことは、この本の中で語られる精神を受け継ぎ、今、この時代において後世に伝えることが出来る暮らしの知恵を作り出していくことだと思う。

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このエントリーは書評ポータル「本が好き!」から頂いた本の書評です。




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棟居刑事の黙示録
森村誠一の本を30年ぶりに読んだ。淡々としたストーリ展開。シリーズ物ということだが、主人公も今回は一休みというところか。



棟居刑事の黙示録
  • 著:森村誠一
  • 出版社:双葉社
  • 定価:580円
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棟居刑事の黙示録

森村誠一
双葉社(2007)

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森村誠一が「人間の証明」で角川映画ブームにのって大ヒットを巻き起こしてから30年になる。その後も、証明シリーズ、「悪魔の飽食」シリーズ、最近では映画「蒼き狼 地果て海尽きるまで」の原作など、コンスタンスに活動を続けている。私は「人間の証明」ブームの頃にいくつか作品を読んでからこのかた、全く彼の作品を読んでいない。実に30年ぶり。タイトルになっている棟居刑事というのが「人間の証明」に出てくる刑事であり、その後シリーズ化されているということも知らなかった。

さて、この作品。タイトルは「棟居刑事の黙示録」であるが、棟居刑事の、は単に棟居刑事シリーズであるというのを示す枕詞のようなもので、黙示録にはかかっていない。内容的にもはっきり言って刑事は誰でもよく、影が薄い。普通シリーズ物であればもう少し主役の心情や周辺を描いて、シリーズのファンをくすぐるものだが、ある意味潔いほどそういったものが見当たらない。最後の部分にちょっととってつけたようにあるくらいか。この物語では元暴力団組長の九鬼という男が主役である。昔は泣く子も黙る狂犬が今ではすっかり落ち着いているが、ふとしたことで知り合った少女に危機が訪れる、となると大体展開は読めそうなものだが、そういう意味では期待を裏切らない。

「人間の証明」というのはなんだかよくわからない小説であったが、唯一、人間の証明で棟居刑事を演じた松田優作のイメージだけが残っている。そのイメージで棟居刑事はその後どうなったのだろうと思っていたが、この小説では上述の通りただの脇役。まあ、ほかの作品ではもっと活躍してるのだろうが、かといって今のところわざわざ読む気にもならない。

初出は1998年らしい。

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ドリームガールズ
ドリームガールズ
監督:ビル・コンドン
ジェイミー・フォックス、ビヨンセ・ノウルズ、エディ・マーフィー、ジェニファー・ハドソン
Dream Girls(2006)
Bill Condon
公式サイト

女性3人グループがマネージャのカーティスによりスターになっていく過程を描く。カーティスは彼女たちとの出会いの時から欺瞞に満ちている。コーラスグループを探しているスター、ジェームズにあてがい、自らを売り込むのにちょうどいいと見るや、策を弄して彼女たちのマネージャにおさまる。うまくジェームズに取り入って彼の毒気を抜いて幅広く売り出そうとするが、彼が思うとおりに動かずうまくいかないと見るや、今度はコーラスグループである彼女たちをスターに仕上げようとする。そして今度も毒気を抜くために、リードボーカルを個性的で情熱に満ちたエフィーから、没個性的なかわいこちゃんであるディーナに変えてしまう。

よく人は「夢をかなえるためならなんでもする」という。しかし実際には、その「なんでも」の幅は実はそんなに広くない。この映画の登場人物も色々なものを捨て去ることを要求され、思い悩む。彼女たちもスターになることを夢見て、なんでもすると最初は考えていたはずだが、そんなに単純なものではないと気づく。唯一人マネージャのカーティスだけが、ぶれることなく夢に向かって突き進んでいく。あらゆるものを切り捨てながら。

彼のことを金と欲に目のくらんだクズ野郎と決め付け否定するのは簡単だ。だが常に大衆に受けることだけを考え続ける彼のやり方は全て間違っているのだろうか。確かに汚い手口や無法なこともしているが、彼の作り出す音楽に大衆は賞賛し、金を払い続ける。大衆に受け入れられ、楽しみを与えているのは間違いない。ラストシーンのあと、彼も少しは変化するのだろうか。

原作がミュージカルということで、いくつか重要なシーンでミュージカル仕立てになる。全編を通して音楽に満ち溢れているので、登場人物が歌いだしてもさして気にならない。カーティスに操られ、甘く心地よいメロディーを奏でるディーナと、彼に反発して心の叫びを歌にするジェームズ、エフィーの歌が次々と流れる。どちらも素晴らしい出来である。

エフィー役のジェニファー・ハドソンがアカデミー助演女優賞を獲得したのは納得がいかない。主演女優賞の間違いではないか。存在感も歌唱力も文句のつけようがない。

その分、ディーナ役のビヨンセ・ノウルズは損な役回りである。当然観客はエフィーに肩入れしてしまい、完全敵役であるカーティスのいい子ちゃんとして目立っても損、目立たなくても損という役どころ。そんな抑えつけられた鬱憤を晴らすがごとく熱唱する Listen は見せ場。それまでカーティスにより封印させられてきた個性と情熱を爆発させる。いずれにせよ、ステージでのシーンはどれも色気の満ちた素晴らしいものである。

ジェームズ役のエディ・マーフィー。依然としてハリウッドで主役を張れる大看板でありながら、今回は脇役として味のある演技と濃厚なステージを見せてくれる。前半、彼が出てくると本当に楽しい気分になる。昔ながらのお調子者のエディだ。それだけに切り捨てられる存在としての彼を見るのはエフィーを見る以上につらい。そんな難しい役どころを気負いなく演じている。

YouTubeで、原作となったミュージカルバージョンでジェニファー・ホリデーの歌を聴くことが出来る。さすがのジェニファー・ハドソンの歌もこちらにはかなわない。

テーマ:ドリームガールズ - ジャンル:映画

「負けるが勝ち」の生き残り戦略 -なぜ自分のことばかり考えるやつは滅びるか
地球上の生物が自らが不利な状況に追い込まれるような、一見不可解な行動をとることがあるが、実はそれこそ「個」ではなく「種」として生き残るための戦略である。



「負けるが勝ち」の生き残り
戦略―なぜ自分のことばかり
考えるやつは滅びるか
  • 著:泰中啓一
  • 出版社:KKベストセラーズ
  • 定価:714円
livedoor BOOKS
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「負けるが勝ち」の生き残り戦略―
なぜ自分のことばかり考えるやつは滅びるか

泰中啓一
KKベストセラーズ(2006)

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この本は地球上の生態系が地球環境からもたらされる必然であるということを再認識させてくれる。つまり、今この世界に住まう全ての生き物は生き残る理由があって存在しており、生き物自体も環境の一部である。従ってある生き物に大きな影響を与えるということは環境自体が変化することに他ならず、当然環境が変化すれば他の生き物も影響を受ける。

そのことを考えれば、長い目で見て生存競争と呼ばれるものに勝者がいないというのは明らかであろう。食べるものと食べられるものがいるときに、食べるものが圧倒的な力と数を手に入れたら、あっという間に食べつくしてしまい、その後に来るのは自らの死のみである。つまりこの地球上に生きるものは自分のことだけを考えていては生き延びることはできない。もっといえば自分のことだけではなくバランスをとることができるものだけが生き残っている。

著者はこの当たり前ではあるが、短期的な勝ち負けに目がくらんでなかなかわかっていても気づこうとしない真実をいくつもの例をあげながら説明していく。

昔からゲーム理論の中のいくつかの例題で、社会、すなわち一人だけではなく皆で生きていく世界においては一人だけが勝っても世の中はよくならず、むしろ勝った本人も含めて長い目で見ると不幸になるというものがある。この正直さとかストイックさとかが要求される戦略が実に多くの生物がとっている戦略であり、短期的には不利になる一見不可解なこの戦略が長期的な繁栄には如何に重要かということに気づかされる。

このような論調を展開していると、ともすると愛国心という名の下に自己犠牲を強いる論調になりがちであるが、そのような感情的なアジテーションに走ることなく、しかしさらっと自己中心主義が如何に自然な摂理に反して長続きしないかを説く語り口に共感を覚える。昨今、に限らないが、愛国心を声高に叫ぶ人の多くは同じ種の一員としてよりよい世界を目指すのではなく、同じ種の自己犠牲を喰らって自分だけが太る捕食者である場合が多い。

ところでこの本の最初の一文、「情けは人のためならず」というのがこの本のテーマを端的に表しているわけだが、この慣用句、結構誤解している人が多い。「情けをかけてしまうと、その人は甘えてしまうので、結局その人のためにならない、だから情けはかけないほうが良い」と思っている人が多い。偉そうに言っているが私もそうであった。だがこれでは訳がわからない。実際には「情けをかけるというのは、その人のためだけになるのではなく、回りまわって自分の利益に繋がるので、自分のためと思ってどんどん人に情けをかけましょう」というのが本来の意味。あまり誤用とかにうるさく言うのは好きではないし、どんどん誤用して言葉を乱していけばいいと思うのだが、本来の意味を知っていながら崩していくほうが奥行きも出ようというもの。

どうも硬い文章になってしまったが、気軽に読める内容と分量。技術者としての悪い癖でさしたる必然性もなく数式(というほどのものでもないのだが)がちょっとだけ出てきて敬遠しがちであるが、いいたいことはごく単純なことなので、式は読み飛ばしてもいい。


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